香りの煙とともに:シーシャの歴史と日本でのカルチャー進化

香楽 現_UtuTuです。

今回はシーシャの歴史と、日本においてのシーシャ文化がどのように変化してきたかについて触れていきます。
シーシャの値段の推移について触れた記事も併せて読んでいただくとより理解が深まるかと思います。
https://shisha-kagura-ututu.com/archives/1540

目次

シーシャの歴史

シーシャの起源

シーシャの発祥は諸説ありますが、16世紀前後のインドというのが有力視されています。

最初のシーシャの形はココナッツの殻に竹の管を刺したような簡素な構造で、煙を水で冷やすために使われていました。

中東での発展

17世紀~19世紀にオスマン帝国を通じて、シーシャ(トルコ語では「ナルギレ」)が中東全域へ広がり、特にエジプト、シリア、レバノン、トルコで原型ともいえるシーシャ文化が成熟しました。

喫煙は男性の社交文化の一部となり、カフェ文化と密接に結びくことでさらに根付いていきました。

グローバル化の始まり

20世紀になるとアラブ移民の拡大とともに、ヨーロッパやアメリカでもシーシャ文化が広がりました。

この時代にタバコ葉にフルーツや蜜を混ぜた「フレーバーシーシャ」が主流になりました。

日本におけるシーシャ文化の変化

2000年代

2000年代初頭、日本にはまだ数えるほどしかシーシャバーが存在せず、その多くは中東出身のオーナーによる店舗でした。

東京・新宿や大阪・心斎橋の一角に、外国人客を相手にしたシーシャバーがひっそりと営業していた時代です。

シーシャという存在自体が知る人ぞ知る“異国の嗜好品”でした。

2010年代前半

「アメ村(大阪)」や「下北沢(東京)」といったサブカル系エリアでは、アートや音楽とシーシャが自然に共存し始めました。
この頃から、日本におけるシーシャ文化が始まりました。

2018年以降

InstagramなどSNSを背景に、シーシャはさらに世間へ広がっていきました。

「映える」「おしゃれ」「落ち着く」といった要素が若者に刺さり、都市部を中心にカフェ系・ラウンジ系・アートスペース系など、多様な形態のシーシャ屋さんが急増していきました。

また、一人利用や作業利用(Wi-Fi+電源あり)も定着し、カフェの代わりとして日常的に利用されるようになりました。

コロナ禍の影響で店舗の増加は一旦止まったものの、規制緩和と共にさらに店舗数が増加していきました。

ここからたばこ税の引き上げや円安の関係で料金形態も変化し、海外のシーシャ文化と日本独自のシーシャ文化へと分岐していきます。

現在

日本のシーシャ文化として特筆する点はSNS文化との相性の良さです。

いわゆる「映える」ということが重視されているように感じます。

映える内装・照明・ドリンクの写真によりSNSで拡散されカップル、会社員、一人利用など、世代・性別問わず浸透しています。

海外のシーシャ文化と比較するとこの点が大きく異なりカフェ的要素から非日常の体験型アクティビティとなりました。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

シーシャはただの喫煙行為だけではなく香り、空間、会話、そして時間を楽しむことが醍醐味です。
これから日本のシーシャ文化がどうなっていくのか楽しみですね。

それでは良きシーシャライフを。

インスタレーションシーシャカフェ香楽 現_UtuTu
HP:香楽 現_UtuTu – 新宿歌舞伎町シーシャshisha (shisha-kagura-ututu.com)
X:香楽 現_UtuTu shisha cafe(@kagura_UtuTu)さん / X (twitter.com)

シーシャラウンジ香楽
HP:KAGURA | 新宿シーシャカフェ (shisha-kagura.com)
X:新宿 歌舞伎町 シーシャ 香楽 kagura 本店(@shishakagura)さん / X (twitter.com)

シーシャカフェ&ベッドPUCA PUCA
HP:新宿 シーシャカフェ PUCAPUCA(プカプカ) | 小滝橋通りの隠れ家的カフェ (shisha-pucapuca.com
X:新宿 シーシャカフェ PUCAPUCA(プカプカ)(@shisha_pucapuca)さん / X (twitter.com)

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